息子の不登校のことを振り返る
- Soulcom はらゆうこ
- 2019年8月10日
- 読了時間: 4分
Soulcom はらゆうこです。
夕焼け空が美しい時間にこれを書いています。
さて、息子の不登校のことについて触れていきたいと思います。
中1で不登校の兆しが現れて、中3で完全に不登校になりました。
といっても、部屋に引きこもるわけでもなく、わりと自由な感じで、笑って会話もするしいじめもなかったし、友達も頻繁に家に来ていましたね。
なので、原因が特定できずに苦労しました。
当時は夫がかなりナーバスになっていて、勉強が遅れていることをどう考えているんだ、とか、学校とは連携が取れているのか、受験はどうするんだ、ととにかく矢のようにいろいろな指示が飛んで来ました。
が、夫は何をしたのかというと、なんにも・・・
私に対して「当事者意識がないんじゃないか」と言ってみたり。
心配しているように見えなかったのかもしれませんが、あれこれ策を講じていたのは私です。
当事者意識がないのはどっちなんだ、と腹立たしくて、ケンカが絶えなくなり、結果、中3の冬に別居することになりました。
今は高校三年生で大学受験を控えており、本人も青春を取り返したいと意欲を持っているようです。
で、最近、改めて息子に「不登校に陥る引き金ってなんだったのか今ならわかるんじゃない?」と聞いてみたところ、こちらから潜在意識に働きかける誘導をしたこともあり、ぽつぽつと話してくれました。
息子は3月下旬生まれ。
クラスメイトの4月生まれとは周回遅れみたいな感じです。
おむつはずしのトレーニングも、4月生まれの子たちと同じようにスタートしますし、小学校に上がった時も、小さな体でランドセルがとても大きくて重くてかわいそうでした。
小学校の担任の先生から、「彼は学校に来ると、ランドセルを背負ったまま床に座り込んでボーっとしています」と言われました。
もともとボーっとしている子なので、そういう時間が必要なんだろうな、程度に思っていました。
中学に入った時も、確かまだ身長が150cmくらいしかなく、学校指定のリュックに山ほど教科書を入れて、後ろにひっくり返りそうなくらい重たいリュックを背負って、これまた上り坂がきつい通学路を通っていました。
みんな一応部活に入るので、息子も見学をして棒高跳びがやりたいと言って陸上部に入りました。
土日は朝早く電車に乗ってよそのグラウンドに練習に行くのですが、朝、起きられないことが増えてきました。
そして、車で送ってあげるよ、と言って支度をさせるのですが、嘔吐してしまうのです。
そうやって、部活に行かない日が増えて、だんだんと学校にも行かなくなりました。
「俺さ、ほんとにヘトヘトで、週5日学校に行って週7日部活って耐えられなかったんだよね」
その時に、小1の、ランドセルを背負ったまま床に座り込む、という話を思い出しました。
息子は早生まれで同級生よりも体が小さく、それなのに同じようにすべてをこなそうとして、心身共に悲鳴をあげていたんですね。
そのことをわかってやれず、「棒高跳び、センスがあるってコーチが言っていたし、それで推薦が取れるかもしれないんだからがんばりなさい!」なんて叱咤激励していたんです。
体が小さい、というだけでなく、彼の性質上、きちんとした「自分だけの休息の時間」が本当に大切だったみたいで、それを右ならえ右、という学校生活はそもそも無理があったということなんだと思います。
残念ながら、学校に通っていては、そのシステムが変わらない以上、もしかしたら避けようがなかった不登校かもしれません。
中学生くらいでは、こうやって自分の気持ちを言葉にすることは出来ないので、高校三年生になった今、ボキャブラリーも増え表現の幅が広がったことでやっと本当の彼の気持ちが回りに理解されるようになるんだと思います。
彼は心理学を学びたいと言っています。
自分が陥った心の状態を、きちんと学問として捉えようとしており、出来れば同じような子供たちの力になりたい、と言っています。
なんにせよ、無駄な経験なんてひとつもないんですね。
わたしにとっても同じです。
言葉に出来ない子供たちのカウンセリングも行っています。
是非、トラブルを抱えたお子様をお持ちの方は、サロンにお越しくださいね。
Comments